白く高くわきあがる雲。青空に抜けてゆく蝉の声。ふじ色に鎮まる塀のかげ。夏まっさかりとあいなります。か−んと音がするくらいに晴れ上がるのは視覚的には気持ちがよいのですが、ニッポンの夏はやはり暑い。赤道近辺にお住まいの皆様には一笑に付されるでしょうが、たとえ30度ラインを上下する程度の気温であっても、暑いものは暑いのでそこは勘弁していただきたい。

さて、暑い日が続きますと、体から流れ出るのは汗ばかりではなくなります。気力・体力・その他さまざまなものが消え散るような心持ちとなり、精根果 てて道の端をげんなりと歩くようになったら、それはもう夏バテまっただなかです。今も昔も、夏バテに効くたべものといえば、そう、ウナギでしょう。良質のたんばく質やビタミンAなど滋養に良い食品であることは医学的にも確かなことです。特に「土用の丑」の日にウナギを食べれば病気にならないという俗信は有名ですね。現代でもこの日の夕暮れは日本の空気が一斉に香ばしく立つものです。それでは、なぜこの日にウナギを食べることになっているのかをひもといてみることにいたしましょう。

土用とは、季節の移り変わりに関係のある言葉で、1年のうちの特定のある期間を指します。具体的には四季が始まる立春・立夏・立秋・立冬の日を前にした、それぞれ18日ずつの期間をいいます。つまり年に4回あることになります。しかしまた、なぜ18日間という不思議な日数になったのでしょうか。

古代中国の思想では、万物は木・火・土・金・水の5つによって組成され、循環流行していると考えられていました。これを五行説といいます。そこでは四季は春が木、夏は火、秋は金、冬は水が当てられます。すると、中央の「土」がどこかに行ってしまいますね。どこに行ったかと言えば、実はそれぞれの季節のお尻に、4つに分かれて配置されているのです。昔の暦は月の運行を基準に定められていました。月は約30日でその姿を一巡させ、それが12回繰り返されるとだいたい同じ季節が巡りくることがわかっていました。このように、古代の1年は約360日だったのです。もちろんこれでは毎年少しずつ季節と日付がずれていくので、閏月や閏年などでの調整がなされます。

さて、1年を五行にあてはめますと、1つに割り当てられた日数は360割る5で72日となります。つまり五行でいえば、立春から72日間が木の期間ということになります。そして次の立夏までの18日間が「土」の気が盛んで、季節に作用して変化させてゆく期間となるのです。土に割り当てられた72日を4つの季節で割るとそれぞれ18日となりますからね。この18日間は、季節が変わる、気の盛んな時期とされています。夏は火の時期、そこから気が変じてゆく、最も消耗を強いる時期でもあります。人間の意気が消沈するのももっともなことなのですね。このように土用は1年に4回あるわけですが、夏の土用ばかりがクローズアップされるようになったのは、やはり夏バテ対策の効果 を求める気持ちが切実だったからでしょう。ちなみに暑中見舞いの「暑中」とは、この夏の土用の期間のことを指します。

夏の土用にウナギが食べられるようになったのは、いつからなのでしょう。実は昔から土用の丑の日に「う」のつく食物を食べれば体によいと考えられていたようで、牛、馬、梅干し、うどんなどを食べる風習があったようです。それが江戸時代に平賀源内が鰻屋に看板を頼まれたとき、「今日は丑」と書いたのが評判となって以降は、この日にウナギを食べるのが定着したそうです。

季節の変わり目は体調の変わり目。この暑い中、健康がするりと逃げて行かないよう、しつかり精をつけて、転変のこの時期とこの時代を乗り越えたいものですね。