寒中の暖

お寒うございます。こう冷えてくるとどうしても左手が求めてしまいますね、お酒を。

酒の友といえば、普通はおつまみのことを指します。するめ、ふきのとう味噌、ホッケの開き、板わさ、ブリ大根……。きりがあませんね。それやこれやで一杯やりはじめた私が、もうひとつの酒の友として、ここのところ座右に置いているものがあるのです。それは、広重の「名所江戸百景」の画集です。

芸術作品としての評価は他の専門家に譲ることにしまして、この画集が私に与えてくれるものは何かといえば、季節ごとの安らぎとでも言えましょうか。広重が暖かく風物を見つめる視線とを感じている間の、なんともいえない豊穣な時間を約束してくれる、至福なるアイテムなのです。

江戸とその郊外の風物を描いた、広重晩年における画業の総決算ともいえるこの木版画集は、四季の情趣にあふれているのもその特徴のひとつです。この季節の作品の中で、おやっと目をひくのは「虎の門外あふひ坂」の一枚です。

煌煌と輝く満天の星の中にひときわ冴える一片の三日月。そこにさしかかる雁の一群。

遠くの坂上に黒々とそびえるシルエットの榎は枯枝なので冬であることがわかります。しかし最も手前には2人の裸の男。ふんどし一枚に金毘羅大権現と書かれた提灯と鈴を手に、どこかへ向かう様子です。なぜ彼らはかかる寒夜に素っ裸で歩いているのでしょうか。

実はこれ、「寒参り」と呼ばれる、一種の願掛けなのですね。

「諸職人の弟子小僧は皆十カ年の年期中にその職業を覚ゆ。しかるに手練手術意匠の難き、神仏の加護を得て技倆人に秀でんことを望み難行の発心、寒三十日の間、日暮るれば主人より少時間暇を乞いて水垢離をなし身を清め、裸・素足にて白木綿の鉢巻し、長提灯を携え鈴を打ち鳴らして不動尊さては金毘羅大権現に発願し、一心に技倆の精工を祈るなり」菊池貴一郎著、鈴木棠三編、『東洋文庫50 絵本江戸風俗往来』(平凡社、1965年)

つまり「寒の内」と呼ばれる30日の間、裸で願掛けをすることで、職人としての技術の向上を願うという、一種の苦行ということになります。私はそこに、自分の修行時代を重ねて「がんばれよ」と励ます広重の手のぬくもりを感じてなりません。 「寒の内」は、「寒中」と呼ばれます。二十四節季の「小寒(1月6日頃)から大寒(1月20日頃)」を経て、立春の前日、つまり節分の日までの30日間のことです。 寒の内といえば、寒中水泳、寒稽古などの諸行事を思いつきます。それぞれこの時期になされるもので、参加を通じてその一年の稽古を通じての技能の向上を祈ったり、無事を願ったりするもの。これは前述の「寒参り」に一脈通じるところがあるようです。

もうひとつ、わすれてならないものに「寒中見舞い」があります。

これはその名のとおり寒の入りから節分までの間に届くようにするもので、寒い折の健勝を祈念する内容が中心となります。現代では喪中の方への年賀状がわりとして用いられることが多いのかもしれません。私のような不心得者などは、出し忘れた年賀状の代わりとして、冷や汗をかきながら書くことが少なくないのですが。くわばら、くわばら。

何もせずに縮こまっていたいこの時期、旧年中にひときわお世話になった方に一念発起して寒中見舞いをしたため、暖かい心の交流をはかってみてはいかがでしょうか。人が求めるのは、酒よりも心がもたらしてくれる暖かさのほうだと、寒い昨今とみに思います。