第1回「子どもの食を守る」

子供の食を守る

学校栄養士になって36年になります。150人の小規模校から1300人の大規模校までの小学校6校に勤務してきました。
子どもたちに食べることの大切さを教えたい、子どもたちに正しい食事のマナーを身につけてほしい、偏食を直して、何でも食べようとする気持ちを持ってもらいたい、成長期の子どもたちにとって、安全でおいしい本物の味の給食をつくっていきたい、と仕事をしてきたつもりです。

また、子どもたちのために岡山市の学校給食の内容をよりよくしたいと、組合活動もしてきました。賃金労働条件の改善要求と思われますが、私が入っている市職員労働組合は公務員として市民にとって良い仕事をしていこうという考えの組合です。その仲間と一緒に子どもたちにとってよりよい給食を作っていくために仕事の充実にむけての活動を進めてきました。

私が就職して36年前の岡山市は小中学校ほとんどで学校給食が行われ、給食室がある学校には栄養士が配置されていました。しかし、その当時から今から8年ほど前まで、岡山市の献立委員会で決められたどこの学校もすべて同じ献立で、週に1回だけ学校独自の自由献立が行われ、また食材は岡山市の学校給食会でしか買うことができませんでした。

栄養士が学校にいるにもかかわらず、野菜や果物は市場から届き、学校の近くでとれる野菜や果物が使えない、学校行事や季節の行事に合わせての献立が出してやれないなど、岡山市の学校給食の制度に矛盾を感じていました。

国や岡山市は財政難を理由に、学校給食を民間委託にして経費を削減しようとの動きがありました。1985年1月に文部省が給食を合理化するために「民間委託や給食センター化、調理員のパート化」の通達を出しました。

また、岡山市では1999年2月に市議会で調理の民間委託などを含めて学校給食の見直しを求められました。

1999年12月には、民間委託の試行を中心とした審議会の中間報告が出され、2000年9月に試行校として藤田中が民間委託になりました。

地元の食材を使って学校独自の手作り献立

民間委託反対運動と共に、給食を良くしていくチャンスと取り組みを進めました。取り組みとして、栄養士が献立をたて、注文先を選んで食材を注文する「自校献立・自校購入」の試行校を当時勤務する小学校で受け、2001年2月から始めました。

栄養士が1校1名いる良さをいかしての給食作りを、調理員さんと一緒に頑張りました。ちょうど「地産地消」の取り組みも言われ始めたころで、農民連やJAや顔のわかる生産者から積極的に地場産の購入を始めました。

子供の食を守る

有機農法でレンコン作りに取り組む中原さんとは、第三藤田小学校に転勤された先生を通じて、2001年の秋ごろに初めてお会いしました。そして学校給食で、おいしくて安心安全な中原さんのレンコンを使わせていただくようになり、はや12年になります。

平成15年10月から岡山市では岡山市の献立委員会が作成した献立は基本献立になり、各学校の栄養士が学校に合わせた献立を作成し、食材は地元のものも取り入れることができるようになりました。

民間委託の学校が増えて、残念なこともありますが、給食内容からみると、食器は食べやすいように強化磁器の茶わんや丼が使われるようになり、ご飯給食も週3回になったり、地域の食材を使って学校独自の手作り献立が増えたりと、よくなっていると思います。

私自身、学校栄養士として、自分が望む、こだわった給食をつくることができてきたのは、さまざまな方々とのご縁、人との巡り合わせがあったからだと思っています。いろいろな取り組みをしていく中で、学校の仕事だけでは、知ることができなかったことを知ることができたり、幅広い人たちとのつながりもできて、仕事や生き方のプラスになったと思います。

こんどう あけみ
岡山県立短期大学 食物科卒業。
1977年から岡山市立小学校で学校栄養士として勤務し、平成26年3月末に退職。
岡山市職員労働組合学校支部役員を30 年務める。
現在「岡山市の学校給食をみんなで良くする会」事務局長。

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