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『円ブリオ基金センター』は、そんな女性たちのSOSの声を受けとめ、経済的、精神的支援を行っている団体だ。理事長の遠藤順子さん(作家の故・遠藤周作氏夫人)はじめ、医師や大学教授など有識者が理事を務め、その活動は全国に広がっている。各地で開いている講演会は盛況で、窓口である『スマイル・エンブリオほっとライン(電話無料相談)』には相談の電話がひっきりなしにかかってくる。スタッフはその相談のひとつひとつに丁寧に応え、これまでに基金を使っただけでも100人以上の赤ちゃんの誕生に携わってきた。「これもそれも、基金に寄付をしてくださったみなさんのおかげ」だという。
基金の名称である「円ブリオ」とは生後8週間までの胎児を指す「エンブリオ(Embryo)」という学名にお金の「円」をかけたもの。一口1円の基金は、学校や病院、スーパーなど公共の施設に置いてある基金箱などを通 してセンターヘと集まり、相談者のなかからとくに支援が必要と思われる女性たちの出産費用に充てられる。これで100人以上の命が救われてきたのである。 基金がスタートしたのは13年前、ドイツのバイエルン州で起きた交通事故のニュースがきっかけだった。事故に遭ったのは妊娠4カ月の女性。彼女は脳死状態だったが、胎児はまだ生きていた。このため、出産までは延命措置を続ける、というニュースが朝日新聞によって伝えられた。これを知った田口朝子さん(生命尊重センター副代表)たちは支援のための基金を設立。これが端緒となり、その後、阪神・淡路大震災では6人の赤ちゃんとその母親たちを応援、本格的な支援活動を姑めた。4年前には活動が認められNPO法人化。現在の電話相談窓口の前身となる「妊娠かっとう相談ヘルプライン」を期間限定の形でスタートし、活動の幅をより広げていった。NHKや新聞などでも取り上げられる機会が増え、いまや全国で支部的役割を担う『お母さんのほっと・スポット』を開催するに至った。 「今でも覚えているのは、最初に2週間限定で電話相談を始めたときのこと。このときは予想を上回る160人以上の方から電話をいただきました。どれも切実な相談ばかりで、世の中にはこんなに妊娠・出産で悩んでいる女性がいたのかと、たくさんかかってきて嬉しかった反面 、その数の多さに驚きました」 電話をかけてくるのは妊婦となった女性ばかりではない。親もいれば、相手の男性もいる。もちろん未成年者もいるし、学生もいる。こうした電話が次々と鳴る(事務局での取材中も鳴った)。これは裏返せば、いかにこうした相談のできる窓口が少ないか、ということでもあるのだ。 「なかには出産まであと2日、いろいろまわったけれどどこも支援してくれない、藁にもすがる思いで電話をかけてこられた、という方もいます」 こうした女性たちにとって、センターはたんに経済的な支援をしてくれるわけではない。 「よくがんばってきましたね」 この一言が、出産を控えた女性にとってはなによりもの励みになる。 出産は女性にとっては孤独な戦いでもある。不安になるのは当たり前。まして周囲から反対されているような状況では精神的にも追い詰められる。こうした女性にとって、いちばん必要なのは出産を肯定してくれる誰かと、あたたかい励ましなのだ。 |
平成18年3月19日に全国の『お母さんのほっと・スポット』で活動する会員や関係者が参加して東京・大井町の『アワーズイン阪急』で開かれた『平成18年度生命尊重全国研修会』 生命尊重ビデオ『赤ちゃんポストドイツと日本の取り組み』の上映、バネリストに参議院議月の山谷えり子氏(上)広島大学名誉教授の金澤文雄氏(中)や熊本慈恵病院副院長の蓮田太二氏(下)などを迎えシンポジウム |
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もちろん、生まれてくる赤ちゃんが幸せになれるとは限らない。相手の男性が責任を取ろうとしない。親が結婚を認めない。貯金がまったくない、あるいは借金を抱えている。仕事や学業をやめるわけにはいかない。まだ若すぎる。「産んでも苦労するだけ」と「堕ろせ」の大合唱で反対されることもある。妊婦本人も将来に不安を抱いている。 それでも、女性というのはいったん身籠れば、自然に「産みたい」と思うものだ。それができない世の中というのはあきらかにおかしい。公式な届け出数だけでも年間34万件もの中絶が行われるこんな社会がはたして幸せな社会と言えるのだろうか。 「そうしたことを、もうずいぶん前になりますが、マザー・テレサが来日したときにおっしゃったんですね。日本は豊かな国だというけれど、実際にはこんなにいとちいさき命を奪っている、と」 マザー・テレサの講演に感動した仲間が集つて円ブリオ基金活動の母体となった『生命尊重センター』が誕生した。すべてボランティアでやってきた活動は20年以上に及ぶ。その間に組織も成長、拡大した。『円ブリオ基金センター』の事務局も兼ねる東京・千代田区のマンションの一室には、常時4、5人のボランティアが常駐し、電話相談はもちろん、講演活動の準備、会報である『生命尊重ニュース』などの印刷物の発行、『生命尊重ビデオ』の企画制作などに従事している。 |
エッセイスト・岸信子氏の講演(上)「ほっとカウンセラー」任命式(下) |
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『生命尊重センター』の活動を支えているのが、全国で開かれている『お母さんのほっと・スポット』だ。これは地域ごとにそれぞれの活動を展開しているお母さんたちの集まり。『生命尊重ニュース』では、この各地にある『お母さんのほっと・スポット』の活動を紹介している。その数は全国に約150。うちのひとつ、佐賀県の『ほっと・スポット』で長く活動してきた北林恭子さんは「活動を通
じて自分のなかで、命を大切にする、という思いがどんどん深くなっていったという気がする」と話す。それは同時に「性」や「性教育」について考えることだともいう。自身も3人の子の母親である北林さんは、1人目の子どもが生まれたときに友人の紹介でセンターを知った。以来、案内状の作成や講演活動のサポートなどで活躍してきた。電話相談に出ることもしばしば。「おかげで行政の出産助成制度などにも詳しくなりました」という。 北林さんのように、全国で活動する『お母さんのほっと・スポット』のメンバーは誰もが根底に同じ思いを抱いている。会場となっているのは公共の施設やメンバーの自宅。気軽に参加できる会だけに、仲間に加わる人は後を絶たないという。 『円ブリオ基金センター』の電話無料相談には、情報の案内という一面もある。電話を自分からかけてくる人は、基本的には「産みたい」という人が多い。こうした人たちに国や市町村が行っている出産費用の前貸しや入院助産制度などの情報を提供する。まずはそうした制度に当たってみて、それでも駄 目なら基金を、という姿勢だ。 電話をかけてくるなかで最も多いのは20代の女性。匿名が基本だから、こちらから名前や連絡先を聞くことは滅多にない。しかし、なかには「しまった、連絡先を聞いておくべきだった…」と感じることもある。 「電話を切ったあと、気になって気になって仕方がない。そういう人もいますね」 センターで出来ることは限られている。それでも、出来る限りのことはする。妊婦の女性と一緒に役所に相談に行ったり、母子手帳をもらいに行ったり、そうしたことも時間の許す限りやっている。なぜならば、産んでほしいから、命を大切にしてほしいからだ。 「産んで良かった。悩んだけれど、心まで売らなくて良かった」 こういう声がセンターには日々寄せられる。「円ブリオを故郷だと思っています」という声もある。 悩んでも、迷っても、とにかく産んでみること。そうすると、まわりも変わるし、なによりも自分が変わる。生まれてきた新しい命には、すべての不安や不幸を吹き飛ばすほどの力がある。それは産んでみないことにはけっしてわからないことだ。 最近は少子化問題への対策が叫ばれている。国の人口もとうとう減少へと傾いた。だが、国や自治体、企業が行っているのは子どもが生まれたあとのケアばかり。それ以前の妊婦に対するケアとなると、まだまだ進んでいないのが現状だ。別 に少子化対策のためではないが、中絶を減らして生まれてくる命を守れば、少子化問題などはあっという問に解決する。命は出産で誕生するわけではない。母親の胎内にそれが宿ったとき、すでに命は誕生しているのだ。 大切なのは、赤ちゃんを産むこと。そして、悩んだり迷ったりするような妊娠を減らすこと。そのためにも、社会環境を整え妊婦に優しい国にすること。若い世代への性教育を正しい形で実施すること。やるべきことはたくさんある。 ちいさな命を守ろう。 |
『お母さんのほっと・スポット』 北は北海道から南は鹿児島、アメリカのカンザス州でも開かれている『生命尊重センター』ならではの活動。地域ごとにお母さん同士が集まり、講演会やビデオ上映会、円ブリオ基金の募金活動、地域における円ブリオ基金への相談などを行っている。参加は誰でも可能。問い合わせは事務局まで。 |
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