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会食は楽しい。みんなでにこにこ食べればもっと楽しい。小林ゆき子さんがそんな『にこにこ会食会』を主催してかれこれ7年になる。発足当時の参加者は20名ほど。近所の人に声をかけて始めたところ、これが思わぬ評判を呼び、いまでは一度に百数十人が集まる大イベントとなった。現在は年4回の会食会だけでは間に合わず、その合間にミニ会食会を何度も開くほど。「食べ物が人をつなぐ」ことを実感している毎日だと。

『にこにこ会食会』発足のきっかけは、夫の両親との同居だった。9年ほど前、信州で農業を営んでいた両親が歳を取ったので東京の自宅で一緒に暮らすようになった。両親にとっては慣れない東京暮らし。友達もいなければ、高齢者だからあまり遠出もできない。そこで一計を案じた小林さんはお花見会を企画した。花見と言えば、なにかを食べながらと決まっている。そこは元々栄養士の小林さんだからお手のものだった。どうせなにか作るなら、両親の分だけでなくもっとたくさん作ろう。ついでに人も大勢呼ぼう。

見回すと、近所にはひとりで寂しそうにしている高齢者が何人もいた。小林さんの住んでいる家は周囲に緑が多いうえに海や公園も近く、暮らすには良い環境だったが、いかんせん高層マンションが並ぶ団地のため、近所づきあいは古くからある町に比べると希薄だった。そのため高齢者の多くは孤独な時間を過ごしていた。そこでベンチに座っている人や散歩をしている人に声をかけると、我も我もと参加者が増えた。両親にとっても、仲間ができる良い機会だった。こうして平成12年の春に始まったのが『にこにこ会食会』だった。「私が社会や人になにかをしてあげられるとしたら、料理を作ることしかない。喜んでくださる方々の顔を見ると、栄養士になって良かったなと思いますね」

食事を作って人をもてなすのは、実は子どものころからの習慣だった。長野県の茅野市で生まれ育った子ども時代、製糸業を営んでいた家では取引先の人や職人さんが来るたび食事を振る舞ってもてなしていた。子どもだった小林さんも双子の姉とともに母親の手伝いをした。そうした経験が根っことなり、大人になっても生きているのである。

「でも、高校に行っているころは税理士を目指そうかと思っていたんです。だけど父に、そんな税務署と喧嘩するような仕事はしないで別のものにしたらどうかと反対されましてね。で、姉と2人、山梨学院大学の短大に入って栄養科で学ぶことにしたんです」

2年間で栄養士の資格を取り、教職も取った。卒業後は助手として大学に残り、3年間、研究室で食品化学と料理を学んだ。その後に同じ長野出身の夫と結婚。主婦業もあったが、栄養士の資格を生かしてフジパンで社員向け料理教室の講師を務めた。食品メーカーの製品開発に携わることもあった。





(上)毎年恒例になった「お花見会」です。(下)協力なスタッフが脇をかためています。
 
仕事ではなく、ボランティアとして料理に携わるようになったのは、やはり食品メーカーに勤める夫の転勤で札幌に引っ越してからだった。転居先は札幌市内の南側に位置する豊平地区。東京や信州で見る食材とはひと味違う北海道の産物に料理家の血が騒いだ。近所の人たちを集めて「百円料理教室」を開いた。これが人気を集めた。みんなで地主から畑を借りてトウモロコシやジャガイモを栽培した。ときには夫が手伝いに来てくれることもあった。

農家の出身だった夫にとっても畑仕事は慣れているし懐かしいものだった。採れた作物はふかして草野球の大会などで振る舞った。料理教室ではひとつの素材をもとに、様々な料理を作った。参加者はみんなそのバラエティーの豊富さに驚いてくれた。男性向けの料理教室を開いてみると、これも好評だった。現在も小林さんは定年退職した男性たちを対象に「活年男性料理教室」を開いているが、その素地はこの札幌時代に出来たものだ。

東京に戻ってからも活動はつづいた。仕事として、保育園や小学校の栄養士を務めた。スカウトされる形で入った江東区の保育園ではゼロ歳児向けの離乳食を担当した。離乳食とひと口に言っても、前期、中期、後期と、段階別に分ければかなり細かくなる。当然、知識も工夫も必要だ。栄養士の資格を持っているとはいえ、資格は資格以上のものではない。仕事をしながら勉強をし、現場に合ったスキルを身につけていった。

保育園の仕事のかたわら、10年ほど前に『ユキクツキングスタジオ』を開校した。住んでいた江戸川区からは増えてきた外国人居住者向けに料理教室を開いてほしいという要請があったし、仕事や活動の比重を教室に移すことしにた。クッキングスタジオは普段は自宅で、人数の多いときは施設を利用して開いた。

そうこうしているうちに始まったのが『にこにこ会食会』だった。

会食会は、始めてみるとすぐに交流会であることに気が付いた。夫の両親を引き取ったのは義父がバーキンソン病を患っていたからでもあったのだが、病気や家庭内の問題などを抱えているのは自分たちだけではないことがわかった。長年連れ添った夫が病気で倒れ、動転している奥さん。自分が脳梗塞に襲われ、リハビリ生活を余儀なくされた栄養士の元同僚。そうした人たちにとって、悩みを打ち明ける相手がいるということはそれだけで気休めになる。たとえ健康でも孤独な人も多い。何十年も同じマンションに住んでいながら、「会食会に参加して初めてよそのお宅にお邪魔したわ」という人もいた。こうした人々の集まりだからこそ、小林さんは感じた。

もっと、にこにこと元気にならなくては。

だから、会の名前を『にこにこ会食会』とした。みんなでわいわい料理を作って、にこにこと笑いながら食べる。料理だけではなく、歌や踊りなど、それぞれが得意とする出し物も始めた。ますます会は盛り上がるようになった。締めは小林さんの仕事だ。

「にこにこ人生頑張ろう!」

高らかにそう謳い上げ、みんなで万歳する。これだけでなんだかとても元気になる。それともうひとつ、こうした会の終わりには小林さんは自作の詩をプリントしたものを参加者に配る。「詩はあとから何度でも読み返せるし、胸に入ってくるもの」だからだ。こういつた心配りもまた、『にこにこ会食会』が大勢の人に支持される理由なのかもしれない。


(上)活年男性料理教室の皆さんと。(下)子ども料理教室です。
 

高齢者の生き甲斐づくりに貢献している小林さんだが、子どもたちや若者の存在も忘れてはいない。むしろ、最近ではそちらに力を注いでいる。

「確かに『にこにこ会食会』は地域づくりに寄与しているとは思います。でも高齢者だけが集まっていたのでは尻すぼみになるのは間違いない。地域づくりというのは、やっぱり若者の力が必要です。子どもたちや若者がいないとつづかないと思います」

そういうわけで、小学生から大学生を対象にした料理教室を開いている。区からも助成金が出るようになった。大学時代には教職も取った小林さんだ。選んだ人生次第では家庭科の教師になっていたかもしれないだけに、子どもたち相手の指導も楽しんでやっている。おもしろいのは、同じ歳の子どもでもこと料理となると経験の違いが大きいこと。女の子は平気で煮干しの頭を取ったりできるのに、男の子が「こわい」と言って逃げたり、あるいはその逆のようなことがあったり。その子を見ていれば、その家の台所事情が目に浮かぶという。

男性向けの料理教室も始めてから10年ほどになる。ここでもガス器具を使わずに電子レンジだけで作れる料理など、高齢者に向けた配慮は忘れない。

「見ていると、食事が作れるおじいちゃんというのは、お嫁さんと同居していてもすごくうまくいくんですね。頼りにされるし、おじいちゃん自身も鼻高々。家庭内をうまくいかせたければ、男性も料理をやってみるといい。教室に来る皆さんと接していると本当にそう感じます」

最近では江戸川区の総合人生大学にも顔を出すようになった。提唱しているのは会食会を通じての「大家族づくり」だ。

「食べ物というのは命。これをみんなで分けあって食べると、その場がすごく家族的になるんです」

地域づくりのひとつのモデルとなることは間違いなしだ。


(上)『にこにこ会食会』は年4回の大イベントになりました。食べ終わったら皆でバンザイ三唱します。
(下)『ユキクッキングスタジオ』は笑顔が一杯。
 

料理研究家として小林さんが心がけているのは「五味」「五色」「五法」の料理だ。

「五味」とは、酸味(疲労回復)、苦味(新陳代謝を良くする)、甘味(滋養強壮作用)、辛味(体を温めたり、熱の発散作用)、塩辛い(しこりを和らげ、鎮静、排泄作用)だ。

「五色」とは、食材や料理の色を指す。土の色の「黒」に、芽の色の「緑」、花の色の「赤」、実の色の「黄」。そして豆腐や牛乳、米などの「白」。すべて自然界の色だ。

土の黒は種の色であり、これが芽となり、花となり、実となる。種は土にしっかりと立ち、芽の緑には心を休める効果がある。花の赤は明るく、実の黄色は心を黄金色に輝かせる。そして白の食材はなにと混ぜてもおいしい、みんなと仲良くなれる色だ。

そして「五法」とは、煮物、和え物、焼き物、蒸し物、揚げ物の五つの料理方法。

「人間というのは、口から種が入って芽が出て、花を咲かせ、実をならす。言うならば木のようなもの。それが動くから人間になるんです。五色の食事というのは、生物界のなかで人間だけが食べられるもの。一色や二色しか食べない動物は人間に比べれば寿命が短い。人間が長く生きられるのは、そうした生き物たちの命をいただいているからなんです。だから人間はその命を大事にして、世の中に役立つ自分にならなければいけないと思うんです」

細かいカロリー計算などはしない。五色の物を、五つの味付け、五つの調理方法で食べていれば、考えなくてもバランスの取れた食事になるからだ。

「ところが最近の子どもたちが好きなのは枯れすすきみたいな色のものばかり。これがちょっと心配ですね」

言われてみれば確かに子どもに人気のあるラーメンやカレー、ハンバーグ、ポテトチップ、唐揚げといったものは枯れすすき色のものばかりだ。

「これじゃ芽も出なきや花も咲かない。子どもが疲れたりキレたりするのはここに原因があるのではないでしょうか」

義父は昨年他界した。長患いはしたが、毎日の食生活のおかげで穏やかに息を引き取ることができたという。2人の子どもも独立。娘は癌を患ったりもしたが健康を取り戻し、この冬には2人日の孫を出産する予定だ。

いまは夫が定年して時間ができたので、義母とともに信州と東京を往復して暮らす日々。農業をしながら信州でもやはり会食会や教室を開いている。小林さん自身は1週間ごとに信州と東京を行った来たりする忙しい生活だ。

嬉しいのは、夫も一緒にボランティアに参加してくれること。

「ボランティアは夫婦でやるもの。どちらか一方しかやっていないと必ず不満や愚痴が出ますからね」

 ボランティアは自分に元気をくれる。これからもどんどん交流の輪を広げていくつもりだという。

『にこにこ会食会』(ユキクッキングスタジオ)
連絡先
 〒134−0087 東京都江戸川区清新町1−3−3−601TEL&FAXO3−3878−0634
 〒399−0214 長野県諏訪郡富士見町富士見10777 TEL&FAXO266−62−6075


(上)会食会の後は、自作の詩の朗読、(中)踊り、(下)音楽会で楽しみます。