いちのせ まり
1965年(昭和40年)
東京都生まれ。大阪府高石市在住
絵本作家・のいちのせまり(一瀬麻里)さんが今回の主人公。第一印象は知的で上品、挿絵のイメージそのもののやさしいお母さんだ。しかしその実態は、読みきかせボランティア『絵本の種』のリーダー的存在として精力的に活動し、絵本作家として個展も開催。思い立ったら、どんどん動いて、みんなをグイグイ引っ張っていく。そのパワフルな行動力は一体どこから来るのか? ちょっぴり男勝りで頼りになる、まりさんの奮闘を紹介する。
いちのせ まり
1965年(昭和40年)東京都生まれ。大阪府高石市在住。夫と娘2人の4人家族。
2000年に読みきかせボランティア「絵本の種」を始める。2010年、京都インターナショナルアカデミーにて絵本制作を学ぶ。図書館司書および司書教諭の資格を持つ。
「♪コロコロ卵がおりこうさん♪」、まりさんの朗らかに響く手遊び歌から始まった「人形劇と絵本のよみきかせ」の育児講座。大阪府高石市の南海愛児園子育て支援センターで行われたボランティアグループ『絵本の種』の活動の一つだ。その日は16組の母と子が参加し、およそ1時間、人形劇や紙芝居、絵本の読みきかせなどを楽しんだ。
「最初に手遊びを入れるのは、子どもとお母さんのスキンシップを体感して欲しいから。子どもは触れられると気持ちがいいし落ち着く。お母さんの顔もぱーっと緩むんです」とまりさん。
『絵本の種』は、おはなし会の活動を通じて絵本の楽しさ、素晴らしさを伝え、子どもたちに幸せな子ども時代を過ごしてほしいと願う読みきかせボランティアのグループだ。本は子どもたちの宝物。読み継がれてきた話には、人の心を揺さぶる何かがある。『絵本の種』という名は、「まいた種がいつの日か心の中で芽生え、花を咲かせますように」との願いを込めて名付けられた。
「土を耕し、種をまいて、水をやり、お陽さまに当てて、花を咲かせるのはその人本人ですが、沢山の種を持ってきて、どれが好き? と伝えてあげるのが私たちの役目」。大人から子どもへ、教えたいこと、伝えたいこと、大切なことは絵本の中にある。だから、子どもたちの心の庭に、絵本の種をまきたい。それがまりさんたちの願いだ。
子育て支援センターのおはなし会でも、最初はグズったり、走り回っていた子どもたちが、民話をもとにした『だんごどっこいしょ』の人形劇が始まると、食い入るように見つめ、瞳を輝かせ、最後は「だんご、だんご」の大合唱。幸せの笑顔があふれた瞬間、空気が一つになった。
無償のボランティアだが、そのクオリティーは高く、教師や父兄からの評判もいい。今回開催した子育て支援センターの管理者・一井久子さんも、「1?2歳の子どもたちに分かる内容で、楽しく話してくださる」と太鼓判を押す。そして「活動もそうですが、何よりまりさんの持っている雰囲気が好きなんです」と笑顔で答えてくれた。
読みきかせボランティア『絵本の種』が結成されたのは17年前の2000年(平成12年)1月
「長女の幼稚園の園長先生から、子どもたちに何かしてあげられることはありませんか?
と聞かれたことがきっかけ。他のお母さんは、歌や裁縫が出来るのに、私は何もない…」。
そしてまりさんが出した答えが「絵本が好き」ということだった。
「この方も同じことを書かれていましたよと、園長先生から紹介された木村友美さんと一緒に、絵本の読みきかせをしたのが始まり。子どもたちに絵本を見せたら、瞳がパッと輝いて、空気も、空間もキラキラ! 『また来てね!』と言われたときは嬉しくて…。ボランティアって何? 立ち上げるってどういうこと? という感じだったのに、よしやろうと始めました」とまりさんは笑う。
幼稚園のお母さんグループが始めた小さな活動は、17年の時を経て大きく成長し、現在は地域の幼稚園、小学校、図書館等で、年間50回以上の活動を実施している。
「来ていいですよと、呼んでもらえることが幸せ」とまりさんは言う。結成当初は、おはなしをさせて欲しいと頼んでも壁は厚く、特に小学校は許可してもらえなかった。そこで大学の通信教育で図書館司書・司書教諭の資格を取り、絵本作家の講演会にも足しげく通った。母子家庭が増え、先生と生徒、親と子のつながりが希薄になった時代背景もあり、ついに小学校での活動が実現。45分間の授業として学期ごとに1回ずつ、1年で3回、6年間で通算18回のおはなし会を開催している。
「おはなし会をしている部屋は和室で、靴を脱いで入る生徒さんたちを、いらっしゃいと迎えます。私たちは6年間ずっと関わり続けるから、ちょっとした変化が分かるんです。それに対して何をしてあげられるわけではありませんが、この瞬間だけでも幸せになって欲しい。何より、1回に7冊のお話をするので、6年間で126冊。小学校を卒業するときに、100冊以上のお話を知っていたら、大人になったとき何か根っ子になると思うんです」とまりさん。小学校での活動は今も続いており、大人になったかつての小学生から街で声をかけられることもしばしば。
「子どもの想像力ってスゴイんです。子どもは、絵本の中で風が鳴ったと言います。吹く風の強さ、音、匂いまで感じ取り、その臨場感を味わっているんです」。そんな想像力が広がるお話を子どもたちに沢山届けたいと、まりさんは熱く語る。
まりさんと絵本の出会いは、幼い頃、母に読んでもらったのが最初。厳しいけれど大好きな母に寄り添って聞いたお話は、心躍る幸せな体験で、空想の世界にどっぷり浸れた。次に出会ったのは10歳下の弟に読みきかせをしたとき。そして3度目は自分の子どもたちと一緒に。年を経て大人になっても、あの楽しかった子どもの頃に戻れる。
「下の弟は車が好きで、『もぐらと自動車』を読んであげたらとても喜びました。実は今、大手自動車メーカーで車の製造に携わっているのですが『あの絵本があったから今がある』って言うんです」。その弟に子どもが生まれたとき、まりさんは迷わず同じ絵本を贈った。
絵本を読みきかせている時間は、子どもだけでなくお母さんも嬉しい。
「私が母になったとき、娘たちに読みきかせたいと思ったのは、自分も一緒に楽しみたかったから。きっと母も楽しんでいたと思うんです」。その母は15年前、膵臓がんで他界した。まだまだ若い60歳だった。「命とは絶えるもの」、それを母の生き方、そして死に方から教えてもらった。
「もともと父が転勤族で、小さい頃からあちこち行きました。時には理不尽だと思えることもありましたが、それも経験だと思うと苦にならなかった。西宮では阪神淡路大震災に被災しました。そのとき、今、生きていることがどれほど幸せなことかを学びました」
だからこそ、人が好き、生きているって最高!と嬉しそうに話すまりさん。母以上に厳しく、仕事一筋だった父と、その父の不在をものともせず子ども3人を育てた母。そんな両親に育てられたまりさんは「幸せだった」と言い切る。
小学生時代、男の子のようなやんちゃな少女だったまりさんは、短大卒業後、大手都市銀行に入社。秘書室に在職中は、業界のみならず日本を揺るがす大事件にも遭遇。まだ若く、分からないことも多かったが、充実した時間を過ごした。そして26歳のとき、同じ会社の泰伸さんと結婚。その後は専業主婦として、2人の娘を育てあげた。
「自分に子どもが生まれて、『こんな思いで育ててくれたのか』と母の愛を感じました。もう母には返せないけど、この思いは子どもたちに伝えて行きたいですね」。実は、まりさん自身も、母が亡くなった翌年、甲状腺がんが見つかった。頑張りすぎて、無理がたたり、体が悲鳴を上げたのだ。幸いにも、早期発見で、すぐに手術ができ、心配した声帯にも影響せず寛解した。
「それまでは何ごとも自分が犠牲になればいいと思っていたんです。ところがそれは違うと体が教えてくれました。これは母からのメッセージだと思います。家族の犠牲になりがちなお母さんこそ、自分を大事にして欲しい。絵本を通して、そんなことも伝えられたらいいですね」
今、まりさんは、絵本作家として本格的に仕事を始めようと頑張っている。学校に通って絵本制作の勉強もした。しかし絵が苦手で、全く描けなかった。それでも絵本作家を目指したのは、「子どもたちのキラキラする瞳を見てしまったから」。実は、童話の挿絵は、自作の紙を切って貼って描いている。
「いろんな人が、できるできる、大丈夫! って言ってくれるんです。紙を切ることなら私にも出来るし、楽しい。絵が下手でも、描けなくても、『やり続けるのも才能の一つ』とある作家の方から背中を押されたことも励みになりました」
まりさんの夢は、いつか世界中に子どもたちが憩える「絵本の館」を創ること。円柱に丸屋根の可愛いおうちに、絵本を届ける人がいて、子どもも大人もみんなが楽しめる。戦争や貧困で、絵本を見たことも触ったこともない地域の子どもたちにも、幸せな時間を過ごさせてあげたい。
「夢物語のような話ですが、信じて続ければきっとたどり着く。ただの主婦から出来ることもあるんです」。そんなまりさんに、エールをおくる。
いちのせ まり1965年(昭和40年)東京都生まれ。
大阪府高石市在住。夫と娘2人の4人家族。2000年に読みきかせボランティア「絵本の種」を始める。2010年、京都インターナショナルアカデミーにて絵本制作を学ぶ。図書館司書および司書教諭の資格を持つ。
愛児園子育て支援センターでの「人形劇と絵本のよみきかせ」。
いちのせまりさんが、相棒と呼ぶ岩瀬美奈子さんと共に活動。岩瀬さんとは何でも言い合える同士で、一緒に悩み、一緒にワクワクしながら取り組んでいる。
図書館などで行っている大人のためのおはなし会。生きていることが辛い、そんな大人の方たちも絵本で癒されて欲しいと開催。「ご高齢の方から楽しかったと言われることもあり、これからは大人のためにも積極的に活動して行きたい」とまりさん。
絵本を制作中のまりさん。「絵を描けないというコンプレックスがあったが、フッと新聞を使おうと思いついた。色がキレイで、ちぎって行くのも好き。制作中は楽しくて、幸せで、時間を忘れて夢中になってしまいます。
こちらも素材は新聞。新聞ならではの質感、立体感まで感じられる。
自分の中に眠っている能力を目覚めさせる」というリボーンをテーマに描いた力作。展覧会でも評価の高かった作品です。
新聞とは思えない美しい作品の絵葉書。