『ごろすけ文庫の会』代表
日下和枝・宮城県大河原町 |
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地域の子どもたちが集える場所をつくりたい。そして絵本の素晴らしさを子どもたちに伝えたい。思いつきでスタートした4畳半一間の文庫から巣だった大勢の子どもたち。子どもはやがて親になり、その子どもがまた絵本を読みに訪ねて来る。『ごろすけ文庫』の23年間は、いつも子どもの賑やかな笑い声とともにあった。宮城県の一角で絵本の文庫を中心にさまざまな活動に取り組む『ごろすけ文庫の会』を紹介します。 |
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道路を挟んだすぐ目の前をJR東北本線の列車が行き交う。仙台から福島方面
へ8駅目の大河原駅。東北最大の都市のベッドタウンとして発展してきた町の駅前は、その割には人気がなく静かである。車での移動が中心の現代の地方都市は、大きな駐車場を持つ郊外型の大規模店が賑わい、かつての町の中心であった駅前はさびれていく傾向にある。大河原もまたそうした町の典型のようだ。 とある火曜日の午後。その大河原駅から徒歩で5分ほど、線路沿いにある1軒の民家に幼い子どもを連れた女性たち、というか母親に連れられた子どもたちが集まってくる。1組、2組、3組と、だんだんと人数が増えるにつれ、駅前と同じように静かだった民家が賑やかになっていく。今日は週に一度の『ごろすけ文庫』が開かれる日なのである。 訪問者が玄関の敷居をまたいでまず覗くのは、すぐ右側にある1室。人が3、4人も入ればいっぱいの4畳半のその小さな部屋は、しかし子どもたちにとっては夢の空間だ。部屋の4面 をびっしりと覆う本棚に詰まっているのは5000冊もの絵本。『はらぺこあおむし』もあれば『ぐりとぐら』もある。これが『ごろすけ文庫』自慢の絵本コレクションだ。 自宅の部屋を文庫として開放しているのは『ごろすけ文庫の会』代表の日下和枝さん。23年にわたる『ごろすけ文庫』の活動を支えてきた人物である。そして、副代表の小室英子さん、会計の市原幸子さん、監事の高橋清美さんと菅野早苗さん、行事の時にチラシ、レジメ、ポスター等を一手に引き受けてくれる兼山めぐみさんと佐々木裕子さん。 列車が通るたびに家が揺れるほど響き渡る騒音もなんのその、ときにはそれ以上の笑い声が家中に充満する。火曜午後の楽しい文庫の始まりだ。子どもたちは好きな絵本を手にとってはめくるお母さんやスタッフの読み聞かせに耳を傾けたり、親子でおもちゃを作ったり、狭い廊下を走り回ったり、庭に飛び出して砂遊びに興じたり、絵本を借りるだけではなく、「何でもあり」の『ごろすけ文庫』なのだ。代表の日下さんによれば「誰でも来たい時来て、文庫卒業も自由。会員制という形は不本意なのだけど……」。一昨年から『ごろすけ文庫』は「会」の形にした。運営資金は常に不足しており、個人の活動では助成をいただくのが難しく、会組織として運営状態を明確にした。「おかげさまで赤い羽根共同募金から配分金をいただき、新しい絵本を購入したり、読み聞かせや手遊びの講習会も開催できた」という。 会にする以前はおやつ代の100円もとっていなかった。 「それが、逆にみんなの方から会にしたんだから少しはとったら? と言われたんですね。で、100円くらいならってことで……」 今でこそ大人が集う会になっているが、もともとは小学生や幼稚園の子が自分で遊びに来るのが『ごろすけ文庫』だった。スタッフにとって、そんなかわいい利用者たちからお金をとるということは考えもつかないことだった。本棚をよく見ると、同じ絵本とはいっても確かにいろいろなものがある。赤ちゃん向けの本もあれば、小学校高学年向けの本もある。これらの本の対象年齢の違いはそのまま文庫の歴史を物語っている。 |
代表の日下和根さん。5000冊を擁する文庫の部屋で、今日までの歩みを熟く語ってくれました。
夢の空間におさまる自慢の文庫のー部。 |
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『ごろすけ文庫』はもともと地域の「子どもたちに遊び場を提供しようとして始めたものなんですね。開いたばかりの頃、ちょうどこの辺りには子どもたちが集まることのできる児童館のようなものがなかったんです。それと家に帰っても1人ぼっちの鍵っ子も多かった。そういった子どもさんが週に一度でも息抜きできる場所があったらいいのにな、とそう思って自宅の1室を開放したんです」
当時の日下さんは家庭の主婦。「『ただいま』と帰って来た子どもの顔を見るのが母親の仕事」という小学校の教師であるご主人の方針もあり、子どもが成長するまでは外に出るつもりはなかった。そうなると一方では「自分は家にいて子どもにかまってあげられるけれど、母親が働いている家の子はどうするのだろう」という疑問が湧いてくる。その疑問は、やがて「児童館のような場所があればいいのに」という考えに変わっていった。 しかし、頭で考えるのと実践とは違う。日下さんが自宅を文庫にすることを思いついたのは、当時、町の公民館職員だった佐々木美江子さんの紹介がキッカケだった。 「県の図書館で、本を200冊まで丸1年間貸し出す事業があるというんです。これだ! 文庫なら家でできる、と思ったんです」 そして図書館からの本、自宅の本、友人からもらった本など500冊ほどで文庫をスタート。名称は飼い犬の「ごろすけ」の名前をとって『ごろすけ文庫』とした。記念すべき第1回目は1980年10月21日。参加者は小学校3年生2人、4年生2人の計4人だった。それが、子どもたちの口から口ヘ、1年後には60名の子どもたちでごつた返し、文庫の部屋は8畳間まで進出していった。子どもたちのお母さんがボランティアに集まり、気が付くと文庫の活動は軌道に乗っていた。あとはただもう夢中の日々。仙台市内にある絵本と木のおもちゃの店『横田や』のオーナー・横田重俊さんの協力も得て、「読み聞かせ」の実演などのイベントも開くようになった。 そうしていくうちに文庫の核となる絵本もどんどん増えていった。「もう読まなくなったから」「引っ越すから」と寄付を申し出る人、また、日本ユネスコ協会などの団体からも大量 の本を寄付してもらうという幸運に恵まれた。こうして23年、これまでにいったい何人の子どもがこの文庫に通 ってきたのか、その数を問うとスタッフはみな「さあ、何人でしょう」と首を傾けるばかり。それほど多くの子どもが週に1回の文庫を楽しみにしていたという証拠でもある。子どもの活字離れがとやかく言われているが、実際の子どもたちはけっして本が嫌いではない。絵本はいつでも夢を与えてくれ、またそれとなく人生を教えてくれるものなのだ。 「昔ここに通っていたお子さんがお母さんになって、今度は自分の子どもを連れて来るようになりました」 絵本の効用は実はとても長い。子どものために『ごろすけ文庫』に顔を出し、20年以上も前に自分が読んだ絵本を見つけて大喜びする人がいる。ただ昔それを読んだというだけで嬉しく懐かしい気持ちになる。それが良い本であればなおさらだし、同じ思いを自分の子どもにもさせてあげたいと思う。大人の心も豊かにしてくれる、瞬時に子どもの頃の記憶と感動を蘇らせてくれる、これが絵本なのだ。 |
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『ごろすけ文庫』の活動は野に山にと幅広い。これは絵本のフィールドワーク。多くの絵本は動物が主人公であったり、物語のなかには木や草や花や虫や魚など、いろんな生き物が登場する。自然のなかで遊ぶことは、絵本のなかのお話をそのなかに見つけることでもある。たとえば名作『ぐりとぐら』のように森のなかでいろいろな物を拾う。自然は絵本での疑似体験を現実に実感させてくれるものなのだ。 「読み聞かせ」も大事なイベントだ。月に一度は地域の幼稚園と児童館を訪問して「読み聞かせ」をする。多くの子どもたちに「絵本を大好きになってほしい」「感動してほしい」という願いを込めて絵本を読む。子どもたちは正直で、ときには思いがけない反応があって、逆に絵本のパワーを教えられるときもある。 昨年の秋は横田さんを招いて「お母さんのための絵本講座」を開催。会場は駅前図書館も入っているイベントホール。集まった40人ほどの若い母親にとって絵本のプロである横田重俊さんの話は傾聴に値するものだった。3回の講座の最終回は「読み聞かせ」も実施。横田さんの生き生きとした表現力に子どもばかりか大人も前のめりになるほどの盛り上がりを見せた。 絵本はいまや乳児から与えるべき。生まれて6カ月の赤ちやんでも、絵本を読んで聞かせることはできる。大切なのは「ライブにお母さんの声を聞かせる」こと。また、絵本は絵が大きな比重を占めるもの。文章を読んでしまったからといってすぐにページをめくってはいけないときもある。子どもはページの隅から隅までをしっかり見ている。この木の枝にいる毛虫は前のページではどこにいたか。親は往々にして文字ばかり追って絵をよく観ていない。しかし、子どもは細かい部分まで見ている。その視点にはときとして驚かされる。 |
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当初、小学生が中心だった『ごろすけ文庫』に変化が現れたのは平成5年頃。その頃から塾などで忙しくなった小学生の姿が減り、幼稚園の子が増えた。しかし、幼稚園児も来るのは年少組まで。別に行く場所や遊ぶ相手ができれば、自然と『ごろすけ文庫』からは足が遠のく。 かわりに今は乳幼児とその親とで賑わうようになった。「まさに『母と子のつどい』だと思いました。神奈川に住んでいた姉…姉はもう他界し昨年の暮れに3回忌を済ませたところですが、生前この姉から『母と子のつどい』を勧められていたんです」−子どもの心を受け止めよう。そして「お母さんはあなたが大好きなのよ」という気持ちをしっかり子どもが受け取れるように伝えよう。抱っこしよう。向かいあいましょう − 現在は『母と子のつどいの会』の理念と姉の思いが芯になっている。このように若い母親たちにとって同じ仲間の集まる『ごろすけ文庫』は貴重な存在なのである。そうした母親たちから見れば、代表の日下さんはすでに自分の母親と同じ年齢。23年の年月は「気が付いたら自分を姑みたいな立場にしていた」。が、それと一緒に「いろんな失敗も見えてきた」ともいう。大勢の人とかかわっていれば、どうしても人間関係でミスはある。姑ぶって、先輩ぶって言った何気ない自分の一言が相手を傷つけてしまうこともある。過去をふりかえると「あれは言うべきではなかった」と思えることがある。そういうものが「見えてきた」という。文庫の歴史はそれに携わるスタッフの成長の歴史でもあるのだ。 23年間、『ごろすけ文庫』が守り続けてきたことがひとつある。それは子どもが絵本を手にするとき、けっして強要しないということだ。「この本はおもしろいよ」「絵がキレイだよ」と勧めることはあっても、絶対に子どもの選択の自由は束縛しない。キレイな絵の本が素晴らしい絵本とは限らない。どの絵本が素晴らしいかは、それを読む子どもが決めることなのだ。 「初めて来た子は何を読めばいいのか、借りていいのかすらわからない。最初は手にとってさわってくれるだけでいい。それが絵本との出合いになればいい。5000冊のなかでたった1冊でもいい。それが心に残る絵本になってもらえればいいと願っています。飼い犬のごろすけは代がかわり2代目。その2代目ごろすけもすでに老犬となった。初代ごろすけは、25年前、この家が建ったときは幼犬でした。主人は新築して2年も経っていない家を文庫に開放してくれました。風車を作るといえば、土手から篠竹をとってきてくれ、本箱の補修もしてくれます。娘たちは、お母さんはよその子にはいいおばさんだね、と言いながら折り紙などを手伝ってくれます。ほかにもたくさんのお母さんたち、多くの方々に応援していただいて23年間続いてきたのが『ごろすけ文庫』なんです」 これからも『ごろすけ文庫』はここを必要とするお母さんと子どもたちがいる限り続いていく。地域の小さな文庫には無数の大きな夢が詰まっている。 |
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