「海藻おしば」が教えてくれたこと

『ふろしき研究会』
代表 森田知都子さん(京都府京都市)











 
こんなにお洒落なものだったとは!

目の前でワインボトルが布に包まれていく。広げた布に瓶を置き、角を持ち上げ、瓶をさっと包んで結び、くるくると形にする。『ふろしき研究会』代表・森田知都子さんの両手が、なんでもないワインボトルと四角い布を立体アートに仕立てていく。見るほうはただ唖然とするばかり。気が付くと花瓶に生けた花のような「びん包み」が完成していた。

「こうすると普通のワインも素敵に見えるでしょう。受け取るほうも喜んでくれますよ」

森田さんの言葉に「なるほどなあ」と感心する。一見、アートのように見えるし、アートと呼んでも差し支えない形状美なのだが、これはあくまで実用から生まれたふろしき結びなのだ。

森田さんが1992年に発足させた『ふろしき研究会』は、これまでにこうした「包み」「結び」を60種類以上考案してきた。包む物の大きさや形状、使う布のサイズや素材、色柄を考えれば、そこから生まれる種類は無限といってもいいかもしれない。

「ふろしきってこんなに便利なものなんです。それにお洒落。使ってみるとよくわかるけれど、着物だけでなく洋服にもすごく合う。もっとより多くの人にふろしきを思い出してもらえればと活動しているんです」

そう、日本人にとってふろしきとは「思い出す」ものなのである。かつて、日本人は誰もがふろしきを愛用していた。「風呂敷」の文字通 り、銭湯に行く際には桶や衣類を包んで持ち、贈り物の際には物を包んで相手に渡した。大きな荷物を背負うときもしかり。ふろしきは生活になくてはならない身近な道具だったのだ。

データによると、ふろしき需要の最盛期は1970年代。このころ、ふろしきはナイロンの普及もあって年間6000万枚も生産されていた。それがレジ袋に代表される安価な使い捨て袋の登場によって、次第に姿を消していったのがこの30年。気が付くとふろしきは暮らしの場を追われ、箪笥の奥深くに眠る古き昭和の遺品と化してしまった。最近ではふろしきそのものを知らない子どもまで出てくる始末。森田さんたち『ふろしき研究会』では、こうした実情に危機感を抱き、「ふろしきトーク」や「出前講座」、「指導者養成講座」などの活動を通 じてふろしきの普及に努めているのである。

とはいえ、森田さん自身も 「ふろしきの存在は長いこと忘れていた」と話す。

「気が付きはじめたのは1989年ころですね。住んでいる京都の町を歩いていたら、ふろしき包みを手にした外国の方を見かけたんです。そのときに、あ、いいものだな、とふろしきが新鮮に見えたんです。そのときからふろしきを意識し始めるようになりました」

当時の森田さんは大阪や京都で活動するコピーライター。手がけていたのはアパレルメーカーの広告。いわば文化の最先端に身を置いていたわけだが、そこには常に疑問もあったという。回転のはやいファッションの世界では季節が変わるたび「トレンド」をつくり、流行の商品を大量 消費していく。そうした動きのなかで、日本古来の物はどんどん廃れ、消えていく。仕事は楽しい。しかし、これでいいのだろうか。森田さんの疑問は時が経つにつれ膨らんでいった。

「あるとき、こたつ布団を選ぶのに和の物がほしいな、と思ったんです。ところがいざさがしてみると洋風の物ばかり。日本の古都である京都ですらこの有り様だったんです。それでようやくある布団屋さんで気に入ったものを見つけたら、ふろしきによく使う柄のものだった。自分が何を求めていたのか、はっきり悟った瞬間でした」

布団屋さんは、こたつ布団のおまけにふろしきをプレゼントしてくれた。それを森田さんは銭湯に行くのに使うようになる。そして驚く。使ってみると、たいていの物は形に関係なく包める。床に敷いて広げることもできる。衣服を覆い隠すのにも使える。折り畳めば荷物にもならない。こんなに便利なものはちょっとほかにない。ふろしきの虜になるのに、さして時間はかからなかった。

当時、森田さんにはもうひとつ気になっていた物があった。スーパーや小売店で大量 に消費されるレジ袋。あれをどうにか減らせないものだろうか。代用品として頭に浮かぶのは、当然ながら何度も使いまわしのきくふろしきだった。

ワイン衣 包みあがりのなんと華やかなこと。包み方は意外なほど簡単。ぜひマスターしたい包みです。
 
とはいっても、頭で考えるだけではなにも生まれない。そこで1992年の5月26日に京都市内に会場を借りて催したのが、環境問題やふろしきそのものに関心のある人を集めて開いた「ふろしきトーク」だった。

講師は「包み結び」の研究家である額田巌氏。「ふろしきの起源」について語ってもらった。すぐに2回目を開くことも決定。同時にこの日は『ふろしき研究会』の発足日ともなった。

3カ月後に開いた2回目の「ふろしきトーク」では工学博士で京都大学環境保全センターの高月紘氏が講演。レジ袋や過剰包装をテーマに「ふろしきはリユースできる。レジ袋をことわってふろしきを使おう」と提唱した。

「レジ袋の使い捨てはもったいないし、環境にもけっしていいものではない。みんなわかってはいるけれど、ただ声高に言ってもなかなか耳は傾けてくれない。レジ袋のかわりにこんなにいいものがあるんだよ、という訴えかけが必要だと思ったんです」

以後、森田さんたちは高月氏や近所のスーパーの協力を得てレジ袋の有害性や使途について調査した。数10枚集めた中から種類の異なるもの20種類を選び、レジ袋に]線を当てて調べたところ、3種類から鉛が出てきた。また色つきのレジ袋だと焼却した場合、含まれている成分がダイオキシン発生の要因となる危険性が高いことなどが判明した。むろん、この3種類のレジ袋の使用元にはただちに使用中止の申し入れを行った。

また、スーパーや百貨店、商店街などで900人分のアンケート調査を実施。レジ袋をなぜもらうのか、もらったあとはどうしているのか等について広くサンプルを集めてみた。いちばん多かったのは「なんとなくもらっている」という声。たいていの人は家に持ち帰ったあとそのままは捨てずにごみ袋にしたり、野菜入れにしたりと再利用はしているが、結局は使い捨てているとわかった。

「これは一度徹底的に調べたはうがいいなと感じました。レジ袋というものは、断片的な情報はいくつもあるけれど、それがひとつにまとまったものはない。だから会員数人で手分けして取材をし、1冊の冊子を作ろうということに決めたんです」

こうして生まれたのが昨年発行された『レジ袋いりませんハンドブック』だ。40ページあまりの小冊子は、構想から丸2年かかった労作。レジ袋の素材や特徴、生産枚数からその環境への負荷の度合い、海外のレジ袋事情までカバーした内容の濃いものとなった。確かに開いてみると一目瞭然、日本人が年間にどれだけのレジ袋を消費しているかがすぐにわかる。その数はなんと400億枚以上、重さにすると32万トンにも及ぶとの試算も出ている。これを1人あたりにすると、年間315枚。しかもレジ袋を製造するには石油を使用する。これが年間6.4億リットル。想像するのも難しいほどの量 だ。なかには「リサイクルすればいいではないか」という声もあるかもしれないが、それとてプラスチックに加工するまでには大変なエネルギーと費用がかかる。レジ袋の削減は、それ自体資源の節約やCO2対策につながる。この冊子を読めばだれでもそれが理解できるはずだ。

「おかげさまで注目されていまして、各地の自治体や市民団体からまとめ買いの注文を受けています。レジ袋削減はいまや社会全体のテーマとなっているのを実感しますね」


上、ゲストスピーカーを迎えての「ふろしき」トークは、50回をかぞえます。
下、各地からの要望に応え出前講座に出向いています。












『レジ袋いりませんハンドブック』は、レジ袋に関する情報をまとめた小冊子です。
 
現在の『ふろしき研究会』の会員は全国各地に350名。韓国や香港、アメリカ、カナダにもそのネットワークは広がっている。12年前、20名あまりで発足したことを思えば大きく成長した。とはいえ、会員数を増やすことが森田さんの目的ではない。

「会員は年会費制で、次の年に更新手続きをしなければ自動的に退会。でも、それでもいいんです。1年問会員でいれば『ふろしき研究会』のめざすところは理解してもらえる。あとはそれぞれの方が自分の住む地域で自分なりの活動を展開してくれればいいなと考えています」

60数種類の包み方、結び方は森田さんだけでなく会員が考案したものも少なくない。1枚の布がティッシュ箱カバーになったり、ショルダーバッグになったり、リュックサックになったり、その用途は広く深い。そして、布にふれるということはそれだけで人間の創造力を刺激してくれる。包んで、結んで、覆って……美しく見せて、と、ただ物を入れるだけのレジ袋にはないものがある。手間は確かにかかるが、なにも考えない1秒よりは頭と手先を使って工夫する10秒間の方が価値がある。包むことは文化。忘れていた生活の知恵を甦らせてくれるのがふろしきなのだ。

それぞれの会員が活発に活動するのも『ふろしき研究会』の特徴だ。ことに2001年から始めた「指導者養成講座」の修了会員の活躍が目立つ。ここで「包み方」や「結び方」を習得した会員が地域に戻り、地元のイベントや祭りなどで「ふろしき教室」を開く。テーブルひとつにふろしき数枚があればできることだから、誰でも簡単に開ける。「自分にはなにもできない」と思っていた人が、気が付くとふろしき包みの先生になっているのである。また、それだけでも美しいものだから官民問わず環境イベントや施設での展示会に声がかかる。森田さんご夫妻の運営する事務局は会報『包んで結んで』の発行のはか、これら催しに貸し出すふろしきの発送だけでもおおわらわだ。

「事務局にあるふろしき? 何枚でしょう。自分で購入したものもありますし、メーカーさんから提供していただいたものもあります。資金に乏しい非営利団体の『ふろしき研究会』が今日までやってこられたのはメーカーさんのサポートがあったからこそですね」

会員層はやはり女性が中心。レジ袋の問題など環境に関心があって入ってくる人もいれば、ふろしきそのものに魅かれて共感し、入会する人もいる。ラッピングコーディネーターや着付けを専門とする人もいる。ふろしきを通 じてさまざまな人とのコミュニケーションが生まれるのがこの会の魅力だ。

「会を始めてなにが自分に良かったかというと、人とのつながりができたことです。コピーライターの仕事に夢中だった頃は仕事がすべてでほかのものは捨てていた。いつかは人とつながってなにかしら社会に貢献したいと願っていました。そういう気持ちが『ふろしき研究会』の活動につながったのかもしれません」

実は森田さんが生まれたのは京都でも丹後ちりめんの産地として知られる峰山町。子どものころは朝となく夕となく、近所のどこからか機の音が聞こえていた。家のなかでは母親が着物の染め直しを染め屋さんに頼んでいた。こんな環境に育った森田さんが、時を経てふろしきを再発見したのは、いわば当然の帰結といえるかもしれない。そしてこうしたDNAは、森田さんだけでなく多くの日本人が受け継いでいるはずなのだ。

思い立ったが吉日。まずは箪笥の奥にあるふろしきを引っ張り出してみることだ。


指導者養成講座は、各地から会員が集い、朝から夕方まで盛りだくさんなプログラムで実施。(上、京都・法然院 下、京エコロジーセンターにて)



「ふろしき通信・包んで結んで」は、ふろしきの情報・知識を掲載した年4回発行の会報誌です。会の催事に参加しにくい遠方の会員も、「ふろしき通信」の購読を楽しみにしている人が多い。
   

◆連絡先 /ふろしき研究会 代表: 森田 知都子
〒603-8157 京都市北区紫野宮東町10-3-203
TEL. 075-432-2722  FAX. 075-432-3832
E-Mail CXV00174 @nifty.ne.jp
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