さて前号では、夫に「死んでしまえ」と言い続けて、やがて夫が亡くなり「今やっと、あの世とこの世で夫婦をしています」というところまででしたね。彼女が夫に「死んでしまえ、死んでしまえ」と言い続けていると、夫の命がなくなってしまったと。 

この怖い話を聞かせていただいて、自分に置き換えたとき、「死んでしまえ」と言われ続ける立場にいたら、この思いをはねのけて生きられる人がどれだけいるのだろうかと考えさせられてしまいました。

そんなふうに考えたとき「命」って決して私ひとりのもの、あなたひとりのものではない、お互いのもの。夫婦だったらお互いのものなんですね。自分の生き方を大切にすると同様に相手の生き方を思いやる心が大切なんですね。『柿の木の話』と同様に人間の関わりの中にも言えることではないでしょうか。

このような彼女の生き方は、彼女が幼少のとき両親が離婚し、再婚した母親が義理の父親に気をつかい、小さいときから掃除、洗濯などをさせ、抱かれるとか可愛がられた記憶が全くないそうです。そのためなのか彼女は、「夫に似た長男を、生まれて12歳になる今日まで一度も抱いたことがない」と話す。

息子は、どうすれば親に愛されるのか、優しくしてもらえるのか。母の愛を求め続け、生きることが息子にとって大切な毎日だったのです。

『くらしのこころ学セミナー』で学び合いを始めて1年近く経過したある夜、妹と取っ組み合いの喧嘩をする息子の姿に、叱って寝かせたが、その日は朝から一度も話かけていなかったことに気づいたのです。

叱られる言葉の一言でも話かけてほしかった子どもの思いに気づき、翌朝目を覚ました自分より大きくなった小学校6年の息子を生まれて初めて抱きしめて、「ごめんね」と詫びた。涙が溢れたという。

息子は、「とんで帰ってくるから、ちゃんと待っててよ」と、学校へ出かけるまでの間言い続け、学校から帰宅した息子を玄関まで出迎え12年分のおもいで抱きしめてやったという。

それからの息子は母を喜ばせようと真剣に勉強するようになり、どのテストも100点をとるようになった。母親はうれしくて、その度に100円あげようとしたが、「いらない。おかあさんにほめてもらう方がいい」と言ったという。上位の成績をとるようになった息子には「生まれてから歩くようになるまでの間一度も抱かず寝かせたままミルクを与えていたと」、申し訳なさそうに話す母親に、私は息子のうれしさが伝わってくる思いがした。

親の生き方、思い方によって子どもの人生が大きく変わってしまうことを教えていただいた出会いの1人です。


平成10年12月